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Hideのプロフィール

自己紹介

ニックネーム:
Hide
性別:
男性
血液型:
A型
職業:
グラフィックデザイナー
出没場所:
事務所には朝5時、疾風(はやて)のように現われて、夕方5時には疾風のように去って行く、月光仮面ではありません。

好きなモノ

趣味は?
仕事オンリー。
好きな食べ物は?
これと言って好きな物は無し、強いて言えばコンデンスミルク?えっ!TOKIOの長瀬と一緒?いくら誕生日が一緒でも、でもこれが一番どえす。果物なら、なんでも、酒の肴にはマグロの刺し身が最高〜ウナギなんかもいいですね〜。
好きな音楽は?
湖愁(松島アキラ)・東京(マイペース)・霧笛が俺を呼んでいる(赤木圭一郎)・ローハイド(フランキーレイン)・ネオン川(バーブ佐竹)・君こそ我が命(水原宏)etc。最近の歌では、遠き昭和の(小林旭)、好きな歌は昔の歌ばかり。
好きな映画は?
映画と言うか宇宙関係。火星の「ヘイルクレーター」にある都市は凄いです。NASAが写真を加工していますが、フォトショップで加工調整すると建物などが良く見えてきます、とても隠せません。(ブログの添付データで街並みを確認する事が出来ますが、画質は綺麗ではありません)
また、月の写真のあらゆるカ所をエアブラシで加工しています、しかしオブジェクトをそのまま荒いブラシで加工していますので、タワーか高層ビルかをハッキリ知る事は出来ませんが、そこに大きなオブジェクトが存在する事は事実です。それにしても昔のエアブラシ加工は下手ですね〜。加工が荒過ぎます(だから良かったのか?)現在でしたら素人には分からないよう完璧に消されてしまうかも知れませんが、40年ほど前に出回った写真、現在の技術で全てを暴いてみたいものです・・・。
ところで最近の事ですが、40年以上前のヒューストンとアポロ11号との交信を全て公開すると発表されましたが、その前に全ての映像を公開したらどうですか!交信も結構ですが、アームストロング船長が、月着陸船イーグルから月面に第1歩を印した時の言葉・・・
「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」これが、また問題になるのでは・・・当然、英語で話しているのだが入らなければ成らない「a」を入れなかったそうである、スピーチの米国である「a」を入れるか入れないかで、文章はとんでもなく変わってしまうのである。また月面での作業が終わりイーグルに戻るとき、管制センターとの交信の中で、謎めいた言葉を発しています。
それは「幸運を祈る、ミスター・ゴルスキー」と・・・帰還後、この意味を
尋ねられたアームストロング船長は、一切答えることは無かった。

ここでまた月面写真に関してですが、これだけ加工されてしまった写真を今更公開するなんて事は出来無いでしょう。もし、もし公開されたとなると大変な事になりますね。今の今まで強固に否定してきた異星人の存在を認めなければなりませんので。金星の写真も、かなり多くの部分が加工され発表されていますが金星も凄いですよ〜。昔、アダムスキーが金星人と逢い金星に連れて行かれたと言っておりましたが、信憑性はとても高いです。
好きな場所は?
パソコンの前!
好きな芸人は?
●赤木圭一郎 ●水野久美
●浅利慶太氏(劇団四季)昔の事ですが慶太さんの妹さんが、よく私の家に泊まり込みで飲みに来ました、朝までみんなで楽しく飲んだものです、瓶ビールオンリーでしたが一晩で飲む量は半端ではありません、ほとんど私と浅利さんが飲むんですが、2人で1ケース以上、ビデオを観ながら、おしゃべりしながら楽しかった〜それにしても良くあれだけ飲んだものです。ある日、全て飲み干しましたので皆で寝る事にしましたが、早朝、浅利さんがいません、どこに行ったんだろう?と皆で心配していると、ビールとツマミを両手に「セブンイレブンからただいま戻りました」アレ〜またこれから飲むんですか〜外はまだ暗いですよ〜。 残念ながら今は一緒に飲む事はできませんが・・・天国でお会いしたら腹一杯ビールを飲みましょう。
大好きなものは?
デザイン制作中! 
バブル絶頂期は毎年180日前後の徹夜はあたり前で、3ヶ月先までスケジュール表は真っ黒、とにかく不動産のチラシ〜JA関連のパンフの仕事で埋まっていました。JA関連の冊子などは良く徹夜で仕上げました、事務所入り口にはいつも「お願い」の貼り紙を出し「本日、入稿されます仕事は、2ヶ月から3ヶ月後の納品となります」と、それでも毎日、お客様は足を運んでくれましたので2〜3日で仕上げてしまうのです、勿論徹夜仕事。しかし良くこなしました、まだ若かったのか無理もしました、今では徹夜するだけの仕事も体力もありません、寂しいものです。このデザイン業界もパソコンが出回ってからというもの、本当に変わりました、昔は写植・版下の制作に3・4日かかっていた仕事も、現在では1日で仕上げられる? 当時パソコンが手元にあったら・・・徹夜など一日もなかったかも知れません、昔のタイムカードを見ると月の半分は徹夜で埋まっています、一週間ぶっ通しの泊まり込みなど当たり前・・・本当に楽しく仕事をしていました。夜中になると近くの居酒屋へ2時間ほど飲み食いし事務所に戻り、また朝まで仕事、今ではとても出来ません。
寝ても覚めても仕事一筋!酒もタバコも止められず、何度「禁酒・禁煙」した事か・・・。

雨にも負けず、風にも負けず、酒にもタバコの煙にも負けぬ丈夫な体を持ち、欲はなく決して怒らず、いつも静かに笑っている。一日ビール4缶と日本酒2合と野菜を食べ、あらゆることを自分を勘定に入れずに、よく見聞きし分かり、そして忘れず、中野のマンションの陰の、小さな3階建ての1室の住まいにいて、東に病気の子供あれば行って看病してやり、西に疲れた年寄りあれば行ってその荷物を負い、南に死んでしまいそうな人あれば行って何も怖がる事はないと言い、北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないから止めろと言い、日照りの時は涙を流し寒さの夏はおろおろ歩き、みんなに「でくのぼー」と呼ばれ褒められもせず苦にもされず、そういうものに私はなりたい?(宮沢賢治/雨ニモマケズ・ヨリ)

▼ユーモア・一日一言・・・である。

2011.8.8*一日一言のイラスト.jpg

●立場変われば、さて?
魯 迅(ろじん)中国近代文学の父。
毎日、いじめられていた嫁が姑になると、やはり嫁をいじめている。学生嫌いの役人は、数年前役人を罵倒した学生だった。今現在、子女を圧迫しているのは十数年前の家庭改革者かも知れません。これは年齢や地位とも関係しますが記憶の良くない事も大きな原因ではないだろうか。
立場が変わると昔の事をすっかり忘れてしまう。これでは進歩がなく、昔の事はしっかりと覚えておき恥を知ろうではないか。とある日娘が分からず屋の母に向かって「ママ、自分が若かった頃の事を少し思い出して。自分は恋愛結婚のくせに」・・・ママ「ええ、だから心配なのよ、パパみたいな男を掴まえるかと思うと?」・・・・。

●まず隗(かい)よりはじめよ・・・(自己推薦)
郭 隗(かくかい)中国・戦国時代、紀元前279年頃。経世家で【燕(えん)の昭王(しょうおう)斉に攻められ没落した燕を再興させ全盛期を築き上げた】を補佐し内政の充実を計る。歴史上特記するほどの人物ではないが、この言葉で知られています。
「まず隗より始めよ」 いい言葉である!
出どころは、燕の昭王が郭隗に「有能な人材を採用したいが、だれか適当な者はいないか」と聞いたのに対して郭隗が自己推薦をした事に由来する。つまり「まず私を用いてごらんなさい」である。
ある仕事に対して自分が適任であると考えたり、是非やってみたいと思うことは多いものだが、さりとてなかなか自分からは言い出しにくい。こんな時「まず隗より始めよ、と申しますが、私では駄目でしょうか」などと言ってみるのは如何でしょうか・・・

2011.10.2*隗よりブログ用.jpg


●金もうけ
アラン(フランスの哲学者、評論家でもあり論客である)
「お金を持つにもさまざまな流儀がある。いわゆる金もうけ上手な人は、無一文になったときでも、自分自身という財産を、まだ持っている」
つまりアイデアと忍耐力は、もう彼の身についたものとなっていると言う訳だ。たとえば・・・
「おい、金もうけ法を教えてあげようか」
うん、いいね〜頼むよ。
「けどな、絶対に儲かるんだから、ロハじゃ駄目だ、千円くらいは出せよ」
それが本当なら安いもんだぜ・・・
千円をもらうと、友人の耳元に口を寄せて
「おれと同じ事を、やればいいんだよ」・・・・


●やとわれ重役
孟子(前390〜305頃)中国の儒教思想家。孔子の学説を発展させ人間本来の善を主張する性善説を唱えた。この思想は弟子の手により「孟子」にまとめられた。
「恒産なければ恒心なし」月給が安いといい仕事が出来ない。と大昔の孟子大先生も言っている、孔子や孟子などというと、忠だの孝だの仁だの、とても難しい、凡人には不可能な事ばかり偉そうな顔をして言っているのかと思うと、決してそうでもない。いわば彼らは戦国時代の「やとわれ重役」の様なものだから、どうしたら当時のサラリーマン諸君の人事管理がうまく出来るかを真剣に考えていた訳だ。「安定した財産が無ければ、安定した心も無い。良い収入が無ければ安心して働けない」どこかの労働組合でも言いそうな文言である。


●人をくって
吉田茂(第二次大戦後、首相を5期つとめた)
老いてますます盛んの吉田翁に、ある男が言った。「お元気そうですが、毎日何を召し上がっておいでですか」と。 吉田翁「さよう、人を食っているものだから・・・」この吉田翁のウイットは外人のあいだでも定評があったそうだ。お世辞のいい、ある外国人が「まさにチャーチルのようだ」とほめれば
ニンマリと笑い「いかにも、だが残念ながらメードインジャパンでね」。日本製がいたく評判を落していた頃のエピソードである。
ところで吉田翁、あまり首相を長くやりすぎ、いささか飽きられてしまった・・・「よした、よした」と言われながら7年間も頑張ったのである。


●ぶっつけ本番
バシル(イギリスの日本学者・1935年)
「人生とは稽古する時間もなしに我々が役割を演じなければならない芝居だ」
だいたい生まれ落ちた時からそうだ、女役をやりたかったの、親不孝の役をやりたかったの、つべこべ注文する訳には行かない。
いきなり「ハイ、本番」だ。年頃に成れば初恋だ。いつ、どうやってキッスをするか分からない。また
キッスされたらどうしたら良い物か分からない。小粋なフランス映画などを頭に浮かべてみるが、あれは初めから演出が行き届いているんだ。素人ではああは上手く行かない。それから就職、結婚、出産、
重大な事件は全て「ぶっつけ本番」なのである。


●月日の経つのは
朱子(中国南宋の儒学者・1200年頃)
少年老いやすく学成りがたし
一寸の光陰も軽(かろ)んずるべからず
いまだ醒めず池塘(ちとう)春草の夢
階前の梧葉すでに秋声

朱子の詩として親しまれているもので、全く月日の経つのは早いもの・・・
さてさて、昔むかし「雷と月と日」が、ある宿に?泊まった。雷が目を覚ますと、月と日が居ない。
女中に聞くと早立ちされたと言う。雷は感心して、こう言った「月日のたつのは早いものだ」
すると女中が「雷様はいつ出発で?」
雷は言った「夕立ちじゃ」・・・とさ。


●政治はやくざ
アリストファネス(古代ギリシャの喜劇作家/前445年頃)
「政治の仕事なんぞは今日この頃では、もはや学のある人や性根の正しい人間のすることではありません。無学文盲の、ヤクザ風情に手頃のものですね」・・・
申し訳ないが私が言うのではない、2,500年程前の話しである。だが人ごとばかりではあるまい。この日本でも年に一度くらいは議場で、ヤクザの出入りまがいのショーが行われている。
大義名分はあるだろうが、見ている方は、ガッカリして政治を無視する、無視するのはこっちの勝手だが政治の方は決してこっちを無視しない。その関係、いわば悪女の深情けに似ている・・・・


●「名画」
将軍「徳川家斉」が北斎を招き、御前で一筆ふるう様にと命じたので、北斎は大きな風呂敷包みを持って参上し用意されていた三畳ほどの紙の前でしばし考えていたが、やおら筆を取り、サ〜ッと一筋の青い線をしたためた。それから持参した風呂敷包みをほどいた。中には一羽のニワトリが、いさいかまわず三畳の紙の上を歩き回った。ニワトリの足には朱が塗ってあり、紙上に紅葉が散るのを見て北斎は「からくれないに水くくる竜田川」にござりまするとさ・・・


●「オシャカ」
釈迦は王子として生まれたが宮廷生活を捨て出家、35歳で悟り「人生は苦、一切は無情」と説いた。
物事がダメになると俗に「オシャカになる」と言うが、この語源は何?
たとえば焼き物をするとき、火が強すぎると上手く行かない。失敗作を眺め「火が強かった」と反省。
この「火が強かった」と言う文句を江戸っ子がしゃべると、「四月八日だ」に聞こえるらしい。
四月八日は「花祭り」で、お釈迦様の誕生日。
そこでダメになった時には「オシャカ」になった、と言うのだとか・・・
真偽の程は分かりませんが、このダジャレは面白いかも。「四月八日だ」が「火が強かった」だなんて
お釈迦様でも気が付くめ〜


●「運命の分かれ道」
「運命とは、ナイフの様なものである。その刃の方をにぎるか、柄の方をにぎるかで、われわれに傷をつけたり、役立ったりする」
ある夏の暑い夜、二人の女が窓際で服を脱ぎ、素っ裸で夜風を楽しんでいた・・・・その結果一人の女は大金持ちに見初められ、結婚を申し込まれた。もう一人の女は残念ながら風邪をひいただけだった。
運命とはこんなものだ、中国の故事にもあるが・・・名馬が迷い込んで来て、息子がその馬に乗って遊んでいると落馬して骨折、戦争が起こり足を折った息子は出征しなくて済む・・・何が幸・不幸を生むか、誰にも分からない・・・人間万事塞翁が馬(にんげん ばんじ さいおうが うま)


●「成せば成る」
「なせばなる、なさねばならぬ、なる業を成らぬと捨てる人のはかなさ」
オリンピックが近くなると、にわかに脚光をあびるモラルである。ある大手の社長が社員一同を集め訓示をたれた。テーマは「成せば成る」である。社長は「勇敢な決意を持って実行し、明日を待ってはならない」と結論した。社長の熱弁は社員一同に深い感銘を与えた様であった。なぜならば、その日のうちに会計係は会社の金を持ち逃げし、美人秘書は若い社員と駆け落ちし、工場では労働組合が誕生して、たちまちストライキが宣言された。アレレ・・・。


●「善と悪」
徳川吉宗が、あるとき大岡忠相を召して尋ねた。
「善・悪とはどんなものか」と・・・。忠相はすぐさま宿に引き下がり。起き上がり小法師(こぼし)を持って参上し、吉宗の前でそれを転がして見せた。「殿ご覧下され、いくら転がしても起き上がります。これが善でございます。いかに倒そうとしても倒れる物ではありません。しかし・・・」
忠相は懐中から1枚の小判を取り出し、「起き上がりこぼし」の背にゆわえた。「しかし、これも黄金を背負って、欲に迷うと悪に変わります。この通り倒れて、再び起き上がる事が出来なくなるのです」とさ。


●「知将」
黒田孝高(よしたか)は「本能寺の変」を秀吉に伝えた人物である。
嘆き悲しむ秀吉に孝高は、ニヤリ笑って「ご開運です、上手くおやりください」・・・・。
本心を見抜かれた秀吉は、以後、孝高に心を許すことは無かった。数年後、秀吉は天下を取った。
ある日秀吉は武将を集め「わしの死後、天下を取る者はだれか?」と問うた。武将たちは諸候の名をあげたが、秀吉はがえんじない。そして言った「さしずめ黒田の奴めじゃ」と。
これを聞いた黒田孝高、身の危険を察し隠居して「如水(じょすい)」と名前を変えた。晩年、如水は家臣に辛く当った。息子の長政が忠告すると「皆がお前を好むように」だとさ・・・。


●臨終のことば
「板垣死すとも自由は死せず」時は明治15年4月、岐阜で刺客の一撃を受けた板垣はこう叫んだ、と言われる。偉い人はやっぱりいい事を言うな〜、なんて感心する必要はさらさら無い。残念ながらこれはまったくの作り話。いうなれば「自由民権運動の宣伝用キャッチフレーズ」だった。論語に「人まさに死なんとするや、その言やよし」という言葉があるが、はて、どうか?
ゲーテは「もっと光を」と言って死んだとか言う事で、それをひどく高次の意味に解釈して喜んでいる人もいるが・・・その実、部屋が暗かっただけなのだ・・・・やれやれ。


●美人、不美人
「どんな人と結婚したら良いのでしょうか?」と、ある男がアンテステネスに聞いた。
(アンテステネス:紀元前455年頃の古代ギリシャの哲学者)すると、テネスは答えた。「美人と結婚すれば、彼女はあなただけの女ではない。また不美人と結婚すれば、ほかで浮気をしなければならないから金がかかるぞ」と。昔から本と花と女とは、自分が一番よく愛でる自信があれば、盗んでも良いのだそうだ。美人というものはいつでもチョッピリ盗まれてみたいようなムードを放出しているから危険千万だ。その点、不美人は安心だが、一生となると、ちょっとご辞退申し上げたい・・・。


●大将の悲哀
源頼朝(鎌倉幕府初代将軍)武家政治の創始者。
歴史を学ぶ上で欠かせない人物というのがいる。源頼朝もその一人だろう。幸運も有ったろうが、ともかく鎌倉幕府を築いたのだから。しかし歴史物語としては、弟の義経にはとてもかなわないのでは・・「判官びいき」という言葉もあるほどで、英雄伝説には事欠かない。おまけに頼朝の死も無様である。
相模の国落馬して、それが元で死んだと言われる。実際のところは不明らしいが不慮の死であることは疑いがないそうだ。義経らの亡霊に驚かされたとか?やきもちがもとで過って政子に殺されたとか、とにかく、ろくな話が無い。人に好かれる為には頂点を極めてはいけない、例えば相撲の○ノ花のごとくという教訓。


●アイデアマン
河村瑞軒(1618〜1699年没)江戸初期の土木家・豪商。瑞軒(ずいけん)は卑賤な生まれであったが、一代で財を成したアイデアマンであった。まず手始めが、お盆の後で川に流される「ナス」や「ウリ」これを乞食を集めて拾い上げ、漬け物にして人足たちに売った。
衛生的ではないが格安だったのでどんどん売れた。またある時は履き古した「わらじ」を集め、これを干してちぎって壁土の中に入れるネタとした。軟らかくて丈夫なので、これも飛ぶように売れた。だが決定的なのは材木の買い占めであった。明暦3年・江戸大火の際に半鐘の音と折からの強風を知るや木曽街道をひた走りに走りぬいて「木曽材」を買い占めこれを売った。それにしても凄い行動力である。

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